スタディ・タウン事業の約束

VOICE ご利用者の声(英語フィールド)

私が、国際的な
スポーツ選手代理人になれたのは、
スーパーSIMがきっかけ。
しみじみそう思う。もしSIMとの出会いがなければ、いまの私はない。
想像すると、ちょっと怖くなる。

案野 裕行 氏
案野 裕行 氏
1971年、広島県出身。慶応大学理工学部卒。元伊藤忠商事。2000年6月、米国のラスベガスにて、㈱ディライトを設立。スポーツ選手代理人として、地球サイズで活躍中。

プロサッカー、バスケ、バレー、野球など。多彩な分野で多様な国籍のアスリートとクラブを橋渡し。世界をまたにかける希少なスポーツ選手代理人。国際バスケットボール連盟(FIBA)公認選手代理人のライセンスを有し、全日本大学バレーボール連盟広報委員、運営理事の経歴を持つ。

英語がダメな17歳だった。

そんな案野氏も、じつは広島の高校時代、英語がかなり苦手であったという。自力では難しい。こうなったら、逆転の必勝教材はないか。そんな都合のいい切り札はないだろうなあ。期待と不安が入り混じる中で購入したのが、スーパーSIMである。
「この出会いが、受験どころか、人生そのものの曲がり角でしたね。おおげさではなく、自信をもって自分らしく生きるための、運命の岐路だった気がします。」
そうしみじみ振り返る案野氏。SIMによって、彼の人生はどう豊かになったのか、追ってみたい。

勝利の女神が、微笑んだ。
「すごいぞSIM。本気でいくぞ。」

「中学時代は、さして英語の成績はよくありませんでした。そのころ洋楽にのめりこんだから、まあ、英語のカルチャーには興味があったのでしょう。でも、英語の成績はかんばしくない。ブラックジャックに憧れて、難病克服に立ち向かう敏腕ドクターになりたい、と医学部進学を希望。ところが英語はそのレベルじゃない。なんとかしなければ、と有効な英語教材を必死に探した。そして、SIMといわば運命の出会いとなったわけです。」
1か月2か月と、SIMのカリキュラムに沿って学習を進める案野氏。しかし、一人孤独にSIMに取り組む中で、本当にこれで成績があがるの?と、不安が首をもたげる。そんなとき、友人から“女神の一報”が届いたのだ。
友人曰く。「オレの彼女がさあ、とんでもなく英語の偏差値があがったんだよ。すごい英語教材に出会ったんだって。」「へえ~、教材名、教えろよ。」「教えたくないなあ。」「ヒントくらい。」「・・・〝S″が頭につく。」「え?ホント、それ、スーパーSIMだろ!」「ほへ?なんで知ってるの?」
案野氏にとって、この情報はまさに、勝利の女神の微笑みのごとし。疑心暗鬼が吹き飛んだ。
「そうかあ。マジであがるんだあ。よし、本気でやるかあ。」

偏差値54から74、慶応義塾大学合格へ。

英語を日本語の語順にあわせて、行ったり来たり訳すのではなく、欧米人とおなじく前からまっすぐに訳していくこの目新しい学習法。もともと単語力には自信があったが、単語の連なりを一つの文章として、欧米人のようにそのまま読解できるようになったことで、明らかに長文問題の正解スピードがあがった。正確性も増した。
54だった偏差値が、いきなり70を突破し74に到達した。驚きを超えて、衝撃だった。なだらかだった成長曲線が突然ぐんと急カーブを描き、英語の学年順位はトップ3におどりでた。1位に輝くこともめずらしくなかった。結果、医学部ではなく、慶応義塾大学の理工系に進んだ案野氏だが、進学後もSIMで得た英語への自信は彼の人生を思わぬ方向へと切り拓いていく。

英語を軸に、人生が広がっていく。

理工系ながら、総合商社を志向。友人の家族が、商社マン一家として世界中の文化にふれて暮らしていることを耳にしたとき、その自由で刺激的な生活に憧れを抱いたのだ。案野氏は、さっそく英会話スクールに通った。SIMの下地があったので、上達は速かった。商社マンとして強いメンタルと体をつくるため、体育会系テニスサークルにも入った。総合商社に就職希望する者は英語ができて当り前、プラスαが必要になるからだ。
晴れて、伊藤忠商事に入社した氏は、情報システム部門から金融事業部と高度なビジネス感覚を養っていく。それにともない、英語力も専門領域で高度化していく。
新人商社マンのころは、オリジンなみの発音とボキャブラリーをもつ帰国子女に引け目を感じていた案野氏だが、英語力を軸としたビジネスコミュニケーションに自信を得ると、そんなコンプレックスもいつの間にか消えていった。
「英語は文法や発音が正しいかどうかじゃない。こちらの考えや想いが届くかどうかだ。帰国子女と比べても、人と人の意思疎通なら負けない。」
やがて案野氏は、29歳で起業を決意。独立直後からアメリカやマカオなど海外の案件に、精力的に取り組んでいくことになる

SIMへの挑戦が原点。
挑戦こそ、私らしさ。次はスポーツ市場だ。

「SIMに出会い、苦手な英語にトライして、私の人生は動き出した。英語が好きで世界への憧れを持てたから、総合商社というチャンスをつかんだ。次も、英語とITというキーワードで、何か新しいことに挑戦したい。」
案野氏はそんな想いで、未成熟なスポーツマーケットを選んだのだ。壁にぶつかるたび、SIMで乗り越えてきた経験が、勇気を与えてくれたという。
現在氏は、年を追うごとにグローバル化するスポーツマーケットで、国籍を超えた活躍を見せている。日本人だから、日本人のアスリートや日本のクラブが対象、という狭い視野で、未来を描いてはいない。〝プロの選手代理人″としてのプライドは、日本人であることに閉じない。欧米はもとより、ブラジルやキューバ、モンテネグロからアジアまで、あらゆる国籍のアスリートを、あらゆる国のクラブとつなぐ、ボーダレスなかけ橋をめざしているのだ。
高校時代のスーパーSIMとの出会いが、国際人としての人生を切り拓くきっかけになった案野裕行。いまでも英字新聞などの長文を読むときは、区切って前から訳すというSIM方式を使っているという。
「スーパーSIMには、お礼を言いたい気持ちがずっとあります。もしSIMに出会えてなかったらと思うと、ぞっとしますね。人生というのは、ちょっとしたきっかけで大きく開花していくもの。私のような青年は、世の中に山ほどいると思う。ぜひSIMと出会える若者を増やして、人生を切り拓く喜びとダイゴ味を、一人でも多くの人に体験して欲しい。」

高校時代、
私自身が助けられました。
日本史上でダントツの英語教材だと
自負しています

代表取締役社長 山田博史
代表取締役社長 山田博史

私は高知の土佐高校で、高3の夏まで、野球とグラウンドの土にまみれる日々を送っていました。だから、英語力は目も当てられない。そんな下位の私でも短期で巻き返せる、わかりやすくて効果的な勉強方法はないか。まわりに聞きこんで行き着いたのが、SIM社の『スーパーSIM』でした。
半年で英語だけが20もあがった。本当に驚いた。まさに、逆転ホームランみたいな快挙。だから20数年後、このスーパーコンテンツが埋もれていることを知ったとき、びっくりしたのです。日本の学び資産の損失だ、このままじゃいけない。本気でそう思いました。
そこで、SIM社に飛び込みました。高校時代の実体験を話しまくって、「スーパーSIMをはじめとする御社の商品は、これから日本人が英語を本当に使えるようになるために絶対必要なんです。だから当社に御社の商品のプロモーションをまかせてもらえませんか」と力説。
「アプローチしてきた会社は非常に多いが、御社だけは本物だと思った。」SIMの社長がそう言ってくれた。とてもうれしくジーンとしました。
私は、18歳のあの逆転の快挙を、決して忘れません。びっくりするほど伸びるあの歓喜を、日本中に届ける。そう決心しています。

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